カテゴリー : 雑感
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2020/12/01
早いのか遅いのか
今日から12月。今年は2月からずっと、ウィルスで気の休まらない日々が続いています。もう12月か早いなあ、というより、まだ12月か、春はまだか、という気持ち。世の中に対して言いたいことは、いっぱいあるけれど。
2020/11/28
打ち克つ
日本英文学会北海道支部のセミナー原稿を書いています。ウィルスに打ち克った証明にオリンピック、などではなく、オンラインでも研究が出来るということを感じたい、示したいです。できることをする、リスクを高めることはしない。そう思って、がんばっています。でも締め切りに間に合わないぞ、わあ。
2020/11/20
専門家によるネット情報
セミナーの原稿を書いています。締切近し。英語の疑問文で助動詞+主語の語順になることは、一般には、どう説明されているのかな、と思ってネット検索をしてみると、いろいろ見つかります。でも、どうも一面的であったり、不確かだったり、それなのに断定的だったりして、どうかなあ、と思う記事が多いです。やはり、この時代は、専門家がわかっている範囲できちんと質問に答えるということが必要だろうと思います。僕も何か出来ることがあれば、と考えています。
2020/11/12
これから
津曲敏郎先生の訃報を新聞で読みました。まだまだ、これから研究も音楽も、と思っていたのに。
学部生の時に言語学研究室にも出入りさせてもらい、角の助手の机で仕事をされながら、僕らの研究会を笑いながら聞いておられました。バンド ad hoc のコンサートやライブには、いつも来て下さり、カラオケもご一緒しました。富山、そして北大博物館と網走の民族博物館でのコンサート・ツアー。バーベキューでウクレレ伴奏した、8月の大きな夜空を忘れません。大通公園のクリスマス市のライブにも、寒い中、来ていただきました。
ご専門のツングース諸語、アルタイ語族について、素人の僕に、たくさん教えて下さった。"Word stress, pitch accent, and word order typology with special reference to Altaic" という論文を書くときに、共著という形にさせていただけないか、と伺ったところ、いやいや、とお断りになりました。でも僕の中では、共著だと思っています。北大で「民族言語学」という集中講義をさせていただいたのは、今でも信じられない思いです。そして、まだこれから、でしたのに。
2020/10/27
応募投函
前にも書いたように思いますが、応募封筒を投函する時は、とてもいい気持ち。ボツになるかもしれないけれど、一生懸命やったという実感が、じんわりとあふれてきます。これはメールだと、ちょっと物足りない、かな。
2020/09/18
2002年の書類
春からずっと部屋を片付けています。今日は 2002年の書類が入った紙袋を整理。18年前の、いろいろな名前や出来事が思い起こされて、しばし手が止まってしまいます。そうか、このくらい経つと、こんなにも変わってしまうんだ。何か信じられないような気持ち。
2020/08/31
夏休み最終日
子供の頃の記憶が強いので、8/31は夏休み最終日。宿題を終わらせなきゃ、という気持ちで原稿に向かう。終わらない。子供の頃と変わらない。
ともあれ、8月中の本州の学校で、体育で熱中症になったというニュース。ひどい。休みは休まなきゃ。役人はスケジュールを強要するべきではないと思います。
2020/07/20
半退職
今日もオンラインの講義。自宅からなので、のんびりとする。家にいる時間が長いので、セミ・リタイア、半分退職したみたいな気持ちになることがあります。これで講義数が少なければ、もっと、そう感じるだろうな。
2020/06/27
本を届けてくれた
先日、全国の大学図書館との相互貸借利用で、注文した本が届きました。返却期日が迫ってきたなあ、と思って、本に目をやると、所蔵大学の印が押してありました。あ、これは、4年前に他界した友人の。ということは、もしや。何か形跡はないかとページをめくっていくと、見開きに ZH1 266 という整理番号があって、それが ×印で消されていました。これは彼のイニシャル。きっと彼が選んで買って、おそらく研究室所蔵だったのでしょう。遠くから本を届けてくれたんだね。ありがとう。
2020/05/06
大学1年の机
連休の片付けは、思うほど進まなかったけれど、ともかく自室の机の上から物がなくなりました。椅子に座ってみると、懐かしい感覚。この机は、大学入学前に、大学生協から実家に送られてきたパンフレットで、一番シンプルな安い物を選んで、下宿に届けてもらったものなのです。なにもない四畳半にポツンと置かれた小さな机と椅子とスチール本棚。その時の気持ちが、一瞬よみがえりました。
2020/05/03
仙人の息子
父は、旅館の仕事をするようになってからは、いつも家にいて、ほとんど外出をしませんでした。家族みんなで仙人のようだと言っていたものです。時は流れて、今。僕も仙人の息子らしく、外出をせずに家で働いています。日曜の今日も、講義の録画をしました。あとは部屋の片付け。これが連休の最大の目標です。
2020/04/19
僕らは違っていたのかも
コロナウイルスで、出張もなく、行動範囲が狭い。だけど、考えてみると、これまでが違っていたんじゃないかという気が。飛行機に乗って、電車に乗って、はるか遠くまで頻繁に移動する必要があったんだろうか。歩ける範囲で物事を済ませていくという考え方もできそう。交通機関が発達しすぎてしまったということなのかな。もしかしたら、それはとても不自然なことかもしれません。
2020/03/26
自粛時間
年頭の予定では、今日から茨城に研究プロジェクトの発表会だったのですが、中止になりました。東京も外出自粛とのことで、みなさん大変なことと思います。札幌、北海道は、新規感染者がまだほぼ毎日出ているものの、落ち着いてきたように(希望的に)思っています。早めの対策で気持ちは落ち込んだものの、良かったと思っています。
発表もなくなったので、もう毎日、本の原稿書き。やっと3回目かな、書き直しを終えて、だいたいの形ができました。これから次の書き直しというか、細かいところの修正をします。3月もあと少し。
2020/03/25
音韻論の特別講義
MIT の W. オニール 先生が亡くなったという知らせ。僕は新宿にある東京言語研究所の特別講座で生成音韻論の講義を受けたことがありました。調べてみると、1983年。夏か冬か忘れてしまったけれど、千葉の実家から通ったのだと思います。その時に教えてもらった、韻律構造から SPE 流の強勢の度合いを計算する方法に、僕はいたく感激して、音韻論に入っていったのでした。ありがとうございました。
2020/03/24
2020/03/17
行かなくて良かった
ヨーロッパで感染拡大のニュース。行かなくて良かった。最初に、ドイツの MH さんにキャンセルしたいとメールしたときには、びっくりされるくらいだったのに、その後、どんどんひどくなりました。行っていたら、まだしばらく自宅から出ずに健康観察だったことでしょう。判断というのは難しいものです。
2020/03/11
9年前の写真
Wikipedia で東北大震災の項目を見ました。ずいぶん経ったように思いますが、たくさんの写真が記憶を呼び起こします。大変なことでした。つらい思いをされた方は、今も変わらないのでは、と拝察いたします。どうぞ、お体に気をつけて。僕もできる何かをと忘れないようにします。
神戸新聞の「午後2時46分過ぎに大きな虹」という記事と写真、少しだけ救われる気がしました。ありがとうございます。
2020/03/09
ありがとうスキー場
藻岩山スキー場。今日もナイターの照明が付いていました。コロナ・ウイルスで、学校のスキー遠足もなく、お客さんも少ないことと思いますが、外出自粛の中で、窓から見える明かりは気持ちを和らげてくれます。どうもありがとう。今年は行けなそうだけど、来年はきっと。
2020/02/23
出張悩み中
ドイツ言語学会への出張が迫る中、コロナウイルスのニュースがたくさん流れてきて、困っています。入国拒否は今のところ、ないものの、ドイツの人や学会の人を不安にさせるのが気がかり。もう少し悩んで決めないと。
2020/02/18
空いていて、ちょうどいい
2月最初に同窓会で千葉に行ったときもでしたが、今回のワークショップで東京に行ってみると、飛行機がさらに空いていて、ちょうどよかったです。数年前までは、こうだったよなあ。コロナウイルスのせいなので、喜ぶばかりではありませんが、やっぱり、このくらいがちょうどいいです。なんでも、むやみやたらに、増やせばいいってもんじゃないと思います。いつも満席で変だったもん。
2020/02/01
高校の同窓会
千葉で高校の同窓会。卒業以来の人が多くて、誰かわからない。でも変わらない人も多い。O君なんか体の動きが全然同じで、笑ってしまった。僕は、どうなんだろう。
2020/01/26
思い通りの形
論文や原稿がコンピュータで完成形近くまで作れるということは、それを自分でしなくてはいけないということ。昔だったら、手書き、もしくはタイプの原稿を印刷会社に送って、あとは組んでもらえば良かったんだけど。作曲も同じで、五線紙にメロディーとコードを手書きして送れば良かったけど、今は、自分でアレンジして打ち込んで演奏して録音して調整してとコンピュータで出来ちゃうから、自分でやらないといけない。自分の思い通りの形に出来るということはいいことだけど、その分の手間は大変なもの。昔の方が良かったなあ、と時々思います。
2020/01/24
1日が短い
金曜日。講義もないので、午前中はスタバと大学図書館に行って、書き物をして本を借りる。午後ものんびりと活動していましたが、あっという間に1日が終わる感じ。原稿はなかなか完成しない。仕方ないのかなあ。少しずつ。
2020/01/10
自主規制しない
夕方から大学へ。ワイシャツを着ていこうかと思ったけれど、試験関係の事前説明会なので、長袖 T シャツにダウンで出かけました。無意識に同調しなきゃという気持ちが出てくるのは、ちょっとなあ、と思っています。人間は自由でなくちゃ。自主規制はよくないと思っています。
2019/11/24
僕らはここにいた
日曜の朝、街のスタバで仕事をして北大図書館。書庫でフィンランド語の本を探す。ドイツ語で書かれた1冊を書架から手に取ってページをめくると、最後に貸し出しカード。ああ、昔は本は言語学研究室にあって、助手の TT さんが新しく購入した本に封筒を貼っていたっけ。カードに大学と大学院の友人 FE さんの名前と 1985 で始まる年月日。そのとき僕らはここにいたんだ。
2019/11/14
香港中文大学
香港中文大学でデモ隊と警察が衝突しているというニュース。ああ、ここは2012年に学会発表で行った大学だ。小高い山の上にある、新しくてきれいなキャンパスでした。あの時の平和な雰囲気からは想像できないなあ。昼食会でリチャード・ケインと向かいの席になって、箸の使い方は日本人でも難しいんですと言ったら、音声と文法の相関を見つけるよりは簡単じゃないの、と冗談を言われたんでした。民主化運動を支持しますが、やはり平和的な解決を望みます。
2019/10/18
長い道の始まり
先日、研究補助の TS 君が本州の大学院に合格したと言ってきました。研究会もしていて実力を知っているので、あまり驚きもしなかったのですが、ともかくめでたい。しかし、これは長い道の始まりなんですよね。長く続けることが大事なのだと思います。
2019/10/17
2019/10/16
え、札幌なの?
オリンピックのマラソンと競歩が札幌に変更とのニュース。えええっ。確かに、8月の東京に招致するのは狂気の沙汰だと思ってたので。北海道マラソン参加者としては(ファンラン 12 km の、へなちょこランナーだけど)うれしく思います。例年8月最終日曜ですが、実際走ったら暑いですよー。8月上旬なら、もっと暑いので、涼しすぎてこれまでの調整が無駄とかいう心配もないと思います。
2019/10/06
やりたいようにやればよい
昨日の中学同窓会で恩師の D 先生に、変わりはないかと聞かれたので、弱気なことを言ったところ、「何言ってるんだ、そこまで働いたんなら、続けて、後は何でもやりたいことをやりたいようにやればいいんだよ」と励まされました。こりゃあ、力強い。よおし。
2019/09/19
減っていく数字
毎日何度も千葉の停電戸数を見ています。少しずつだけれど減っていく数字。現場の方々のご苦労がしのばれます。
昨日は、やっと思い切って君津市のいとこに電話して、通じました。2日前に回復したとのこと。水もダメで湧き水を汲んできていたこと。ガソリンがなく、 店も閉まっていて、1週間地獄だったと言っていました。動くべきところがすぐに動いていれば、もっと早く、なんとか出来たのでは。
まだその状況が続いている方々がいます。数字の重みを忘れないで。
2019/09/15
君津市
父は木更津市の南、君津市の農村出身で、僕もよく行きました。電力会社のホームページを頻繁に見ていますが停電が続いているようです。相変わらず連絡もないので、大変なことでしょう。ネット上でいろいろな新聞などの報道をすべて見ています。それでもニュースは多くないように思います。電気が戻った家の人がテレビをつけたら、関係のない番組ばかりでがっかりした、というのも読みました。なんとか。
2019/09/14
館山を思う
台風で被災した千葉。今年のお正月に宿泊した館山のホテルが営業を再開したということを知りました。ああ、よかった。でも、あの親切なスタッフの皆さんも、さぞや大変なことでしょう。買い物をしたスーパー、コンビニ、いろいろな場所が心に浮かびます。なんとか早く、という思いは強まるばかりです。
2019/08/15
戦没者
終戦の日。戦没者310万人という数に、今更ながら驚く。戦没という言葉は、本質をぼかした言い方になっているような気がする。ともかくも、かけがえのないたくさんの命が失われたことに深い気持ちをかみしめる。父も、よく戦時中の話、戦後すぐの話をしていました。
2019/08/05
冷房普及率
講義16週目。冷房のある新館は快適。午後から冷房のない中央棟で会議。死んでしまいそうでした。その後、新館での講義でほっと息をつく。札幌の冷房普及率は、どのくらいなんだろう?全国は?すごく知りたいです。新聞社さんとか、記事をお願い。
2019/07/02
7月の思い
7月になって、やっとあと1月で講義も終わるなあと思う。もう少し、がんばれるかな。夏休みが楽しみだ。それが、すぐに過ぎてしまうことは、とりあえず忘れておく。
2019/06/29
人と話す
人と話す、ということは大事なんだなあ、と思う。あたりまえだけれど。僕は基本的に静かなのが好きなのだけれど、話さないというのは、まずいのだろう。でも、本を読んだり、文章を書いたりするのも、人と話すことの、ある形なのだと思います。
2019/06/23
2019/06/18
リスタートと入場券
最近、心にぽっと浮かぶのは、リスタートと入場券という言葉。具体的に書くことはできないけれど。でも、たくさんのやるべきことがある。そして、いろいろな可能性がある。面白いなあと思う。
2019/06/17
なるだけ毎日
なるだけ毎日やろうとしていること。本の原稿を書く。論文を書く。論文を直す。ラジオ語学講座を聴く。ジョギングをする。ラジオ体操をする。ウクレレとピアノを弾く。あれ、書いてみると、あんまりないか。続けるのはたいへんだと思うんだけれど。
2019/03/28
いつかはね。その2
毎日届く Linguist List light のメール。1つの記事の差出人にフィンランドの KS さんを見つけました。2013年3月のシアトルでの学会パーティーで長く話をした人。博士論文を書いたけど仕事がなくて、奥さんが働いて自分は子守と職探し、と肩を落として語る彼に、「いい人はいい職を得る、・・いつかはね (eventually)。」と笑わせて励ましたんでした。所属を見るとヘルシンキ大学になっている。ああ、よかったね。だから言ったでしょう。
メールしたら、返事が来ました。期限付きだけど、すごくうれしい、と。また、僕の言葉を君は証明しつつあるんだ、と書きました。
2019/02/15
帰るところ
先月、四街道のマンションを売却しました。契約がすべて終わって、ここには帰るところがなくなったんだな、と淋しくなりました。最後は、マンションの和室の畳にごろんと転がって、1月でも暖かい日差しを浴びていました。
2018/12/31
今年の最後
大晦日の今日まで1ヶ月伸ばしてもらった論文原稿を手直しして午後にメールで送りました。ふう。まあまあの1年だったかなあ。いくつかの研究発表をして、論文を書いて、演奏をして、録音と録画をして、ランニング大会にも出ました。特に病気もせず、大きな地震でも怪我もせず、なんとか年を越せます。ありがたいこと。
2018/12/23
ダウンは好きで嫌い
寒い札幌の冬。最近はずっと、薄い高性能のダウンジャケットを着ています。お歳暮のハムになったように見えるので、本当は嫌いなんです。でも、毛糸のセーターやフリースは、静電気がものすごいので、着なくなりました。ダウンを改良して、なんとかならないかなあ。鳥みたいに羽毛を生やした感じのとか。それじゃ鳥に見えちゃうか。
2018/10/01
高校のクラス会不参加
11月の高校のクラス会は不参加というお返事をしました。東京で開くそうですが、ちょっと遠くて大変なので。おかげさまで元気に暮らしています。来年は参加したいです。
2018/09/27
地震から3週間
地震から3週間。住んでいるあたりでは余震を感じることもなく(最後に感じたのは月曜の映画館でした)、穏やかに暮らしています。でも札幌市内も含めて遠くない所では、避難されている方が600人以上、苦労されている方もたくさんいらっしゃいます。また、北海道に限らず、これまでの自然災害の影響で困っている方は数知れません。やっと、そういうことがある程度の実感でわかるようになりました。
2018/09/24
泣き虫しょったん映画
連休最終日。街のシネコンに『泣き虫しょったんの奇跡』を見に行きました。原作本が大好きなので、見ない方がいいかもと悩みながら。見ての感想は、ううん、難しいですね。原作と比べるのではなく、映画も良かった。ということでしょうか。
もし、どちらもまだ、という方がいたら、ぜひ。映画監督は原作を読んで5回は泣いたとか。ええと僕は。
2018/09/18
2018/09/17
2018/09/16
備えのまとめ
地震から10日。この辺で一旦、備えのまとめを。あって良かったのは、水2箱以上、バナナ、乾電池式のラジオ、懐中電灯、パン、玄米フレーク、パックご飯、ドリンク食料、フル充電の MacBook と iPad 複数、モバイルWi-Fi。3/4入っていた車のガソリン。
まだまだあるはずなので、この後も書き足していきます。
2018/09/05
2018/06/10
悪いことに使わねえことな
中学3年も終わりに近づいた頃、社会のS先生が、授業で40人クラスの一人一人に、アドバイスをしてくれました。「Aは・・だから、・・」と順番にです。担任でもなかったのに、良く生徒を見ていて、びっくりしました。そして、できる人のところで、「O は頭が切れるから、それを悪いことに使わねえことな。」聞いていてハッとしたことを良く覚えています。大人になって、という将来を見越しての言葉。僕の順番になって、「時崎もOと同じで、・・」と言われました。今になって、その言葉が胸に響きます。すでに他界されてしまいましたが、素晴らしい先生でした。
2018/05/23
ご心配に感謝
これを書き続けていているので、ありがたいことに、更新が滞ったりすると「大丈夫ですか」と心配してくれる方がいらっしゃいます。感謝申し上げます。今回の風邪も、なんとかもう少しで治りそうです。
2018/02/04
録画された時間
ストレージの整理で、昔の動画を見直していたら、いろいろな時間が、そのまま保存されていました。当たり前のことだけれど、不思議な感覚。講義をしていたり、ハワイアンカフェなどでウクレレを弾いていたり。そこに流れていた時間は、どこにあったのだろう、どこに行ったのだろう。
ロコ・キッチンで 2008年頃にお世話になった SA さんが昨年末に他界されました。ご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。
2018/01/14
北酒場の謎
細川たかしさんの「北酒場」を「昼のいこい」で聴く。これ歌詞もメロディーもアレンジも無駄がなくて傑作だなあ。む、このサビのあとの「北の酒場通りにはー」というところの5度上のコーラスは誰が歌ってるんだろう?こぶしも回ってるし、本人の重ね録り?いや、昔の録画を見ても入っているから、公演ごとに誰かが歌うんだろうか?地方に行っても、やっぱりこのコーラスがないとね、ということで、そこのバンドのサックスの人とかが、じゃ僕が、とか?それともマネージャーさんが歌の上手い人でいつも担当しているとか?あー、気になる。ご存じの方、お教え下さい。
2018/01/01
迎春 2018
新年おめでとうございます。今年も体に気をつけて、腹囲に気をつけて、良い1年になるようにと思っています。年賀状も、あまり出していませんが、おかげさまで元気にお正月を迎えています。
2017/12/31
2017年まとめ
もちろん、1年の区切りなんて便宜的なものだけれど、振り返る機会と考えます。1月は年越しをバンクーバーでして、テキサス州オースティンのアメリカ言語学会でポスター発表、3月はザールブリュッケンでのドイツ言語学会で発表。7月は、フランス、トゥールでの英語史学会は忙しくて第1著者の HM さんに行ってもらい、上智言語学会のワークショップ発表と、ケンタッキー州レキシントンでのアメリカ言語学会夏期大会でワークショップ主催と発表。9月は広島での日本独文学会で発表。10月はハワイ大学での日本語韓国語学会のサテライトワークショップでポスター発表。11月はスペインはマドリッドでのワークショップ、京都は立命館大学での日本言語学会でワークショップの発表。9つ(行っていないフランスを入れると10)でした。
論文は、まずバンクーバーでアルタイ諸語に関する原稿の修正をしました。自分で編集している Phonological Externalization という冊子に2本書いて、プロシーディングズで共著1つと単著2つを公表できました。まだ日の目を見ていないのは、昨年の仙台ワークショップのものと上智言語学会のプロシーディングズ。そして今、苦しんで書いているドイツ言語学会のもの。なんとか公表できるようにしたいです。ああ、もう今年が終わりますね。
2017/12/30
師走の街
一応土曜なので、朝は街のスタバで仕事。さすがに空いていて常連さんも来ていない。帰省もピークを過ぎたのか、街中も少し空いていたみたい。お昼前に床屋さんに行く。ここも空いている。特別なことをした方がいいような、しなくてもいいような、中途半端な気持ち。
2017/11/30
のこしたい
補講をしてから、お通夜に。懐かしい方々にお会いする。皆さん、少しずつお年を取られていて、僕も同じなのだと思う。ありがたい時間を大切にしたい。
先生の描かれた静物画が飾られていた。1枚の絵を、1つの句を、1つの歌を残したいとおしゃっていた。協力してくれるか、と言われたのだった。
2017/11/28
野の花の心持ちたし
大学時代からの恩師、葛西清蔵先生が亡くなられました。大学院生として、助手として、大学の同僚として長い時間をご一緒させていただきました。そして僕の、僕らの音楽を愛していただいた。お母様が亡くなられたときに書かれた、大学院へのお礼の手紙の結びのご一句が心に浮かびました。合掌。
野の花の心持ちたし 人見るも人の見ざるも ひたすらに咲く
2017/10/02
みたいですね
秋の花粉を避けるために、丸メガネ(300円)を時々かけています。先日、店員さんに「作曲家みたいですね」と言われました。う。(はい、売れてないですけど。)
2017/09/21
コーン王国
急に気になりだした、駐車場などに置いてある三角コーン。歩道とかにも、ぼんぼん置かれています。物にぶつからないように、人が入らないように、ということなんでしょうけれど、多すぎるよなあ。これも外国では見ないですねえ。幟(のぼり)もそうだけれど、日本はすごい。
2017/09/12
ありがとうストーリア
昨日は、16年乗っていたストーリアの車検が切れたので、涙を飲んでダイハツに行きました。ターンベルトがおかしくなってカタカタと大きな音がして、自慢の黄色も色落ちしちゃって、いよいよ限界と判断しました(遅いか)。見知らぬ人が駐車場で一緒に写真を撮っていたりして結構人気者だったし、とにかく色々なところにこの小さな車で行きました。僕も写真を撮って、ありがとう。
2017/08/24
猛暑日は勘弁
学会2日目、東京は 34.8 度。猛暑日寸前で、全国的に今年一番の暑さだそうな。そんなのひどい。羽田空港に向かう途中の、明大前と渋谷の乗り換えは、ひどい混雑で満員の車内は冷房があるのに汗が止まらない。参りました。這々の体で、札幌へ。
2017/08/16
検定王国
スタバで仕事をしていると、なんたら検定の勉強している方をよく見かけます。2色刷りのテキストだったりするので、すぐにわかります。先日のお隣は、パンシェルジュ検定1級という本。なんじゃそりゃ。日本の人は検定が好きなんだろうなあ。資格にしても、すごい数があるようですね。何にしても機関に認めてもらわなきゃいけないというのは、ちょっと切なくなる気分。外国のスタバでは見ない光景です。
2017/08/15
終戦の日
終戦から 72 年。父と母は戦争を体験したので、僕と妹には、おまえたちは戦争がない時代に生まれて良かったよ、とよく言っていました。本当にそうだと思います。食べ物がなかった話、工場にかり出された話、飛行機から機銃掃射を受けた話、無数の爆撃機が東京に向かうのを見上げた話。話していたときの様子をよく覚えています。覚えておかなきゃいけない。
2017/08/10
明日から夏休み
今日も YH 君とデータ分析。対象を広げたら、大変になっちゃいました。明日からは事務の方も夏期研修休暇ということで、お盆前は今日でいったん終了。
夜までかかって春学期の成績を提出しました。オンラインで出すので、ここは慎重に。計算やらにミスがないかと気が張ります。
出し終わって、開放感。明日から夏休みだ。もちろん、やりたい研究仕事はたくさんあるので、休みというよりは、別モードに入るだけです。
2017/08/03
シェーバー替え刃
1年半で、というメーカーさんの助言に従って、髭剃りの刃を替えました。うお、これはいい。当たり前だけれど、シャープで滑らか。ああ、こんな風に頭や体もフレッシュなものに替えられたらいいのにな。でも、最初から切れ味が良かったわけでもなかったか。とにかく、ゆっくり時間をかけて取り組むっていうことかな。
2017/07/31
日本の7月末
夜中に3回くらい起きたものの8時半まで寝て、大学へ。午前の講義で途中つらくなりました。そりゃ、そうだ。それにしても、アメリカは6月から夏休みなので、昨日までの夏期講座だけの、がらんとしたキャンパスから、学生がいっぱいの日本の大学に戻ると、とんでもない違和感があります。たぶん、役人がどうかしているんでしょう。お昼は近くの回転寿しへ。美味い。これだけは日本の勝ち。
2017/06/12
当事者映画
『パトリオット・デイ』が日本でも公開。2013年5月ボストンマラソン爆破からの一連の事件、4日間の実話だそうで、実際にそこにいて怖い思いをした僕は複雑な気持ちです。詳細を知りたいようにも思うし、映画で嫌な思いをさらに刻みつけてしまう気もして、見に行けません。あの時、前日に走ったマラソンのゴールで爆発が起こり、通っていた大学の建物の前で警官が亡くなりました。ジョギングしていた道を銃撃戦で犯人が逃走し、買い物をしたスーパーのそばに立てこもりました。自宅待機の命令が出た1日間の気持ちは消えません。頭上を高感度センサーを付けたヘリコプターが現場に向かっていました。
直接の被害を受けなかった僕でさえ、そうなのだから。何でも映画にしてしまうハリウッド。いいんでしょうかねえ。地元のローカル新聞『ボストン・グローブ』でも疑問視しているようです。
2017/04/16
昔の街
用事があって、地下鉄で北24条へ。学生時代は北18条に住んでいたので懐かしいです。変わったところもあるけれど、昔のままのものもある。大学院生の時は、札幌北高校の定時制で英語の時間講師も2年やって通っていたんだった。夕方の給食のパンが懐かしいなあ。
2017/03/25
退職記念会
TT 先生の退職記念講演とパーティーに参加。ご講演では僕の論文にも言及していただいて、関係者多数の中、じわっと汗をかきながらも嬉しかったです。その昔、TT 先生が言語学の助手で、英文科学生の僕も温かく見てもらえて、ありがたかったです。この数年になって初めて研究がツングース諸語に関係して、直接教えていただけるとは想像もできなかった。北大の民族言語学の集中講義をさせていただくなんて、今だに信じられないことまでありました。
教えていただいたことは多いのですが、流されず、たとえ光の中心でなくとも、ずっと後にまで続くものを追求するということだと思います。
僕らのバンド ad hoc のライブにも昔からほとんど来ていただいていて、昨年のクリスマスも寒い中、ありがたかったです。ご夫妻のお顔を拝見したら、緊張もほぐれました。
今後はクラシックギターにも力を入れられるとのこと。これからもご指導、よろしくお願いいたします。
2017/03/22
オランダから
オランダのホテルから24時間かけて自宅に帰ってきて数日。時差と疲れがまだまだ。と思っていたら、スーパーで売っているアジの開きがオランダ原産という話。遠いんだか、近いんだか。
2017/03/21
夜食
昨夜は夜12時まで締め切り原稿を頑張ったので(久しぶり)、旅疲れも抜けません。昨夜は夜食にバナナとココア。学生時代は夜型だったので、よく色々食べていましたが、最近は早寝なので、そういうことは無くなりました。無理がきいたとも言えますが、体に良くなかったんじゃあないかな。
2017/02/05
消しゴムの空白
入学試験の監督。主任が注意を早く読み上げたので、開始まで全員黙ったまま10分ほど待つ。何十年も前、受験生だった僕は、そんな時、いつも消しゴムを机でこすってきれいにしていました。ゆっくり、ゆっくり。その空白の時を、体のどこかがよく覚えています。学生でも社会人でも、何者でもなかった頃のこと。
2017/01/17
キャパシティ
クリスマスの千歳空港での騒動の真相、という記事が出ていますが、その期間に空港に向かって、また混雑の状況を見た僕は、共感するものがありました。あれはひどすぎた。あふれたターミナルビルで、人々は疲弊した中で当てもしれない長い列を作り、床に寝そべり、毛布を積んだ台車が行き交っていました。係員も必死に対応していましたが、どうしようもなかった。
これはキャパシティを考えず、起こりうる事態を放置して、やみくもに観光客誘致だ、増便だ、と突き進んでいる業界全体の責任です。できないものをしてはいけない。1万5千人が泊まれる施設を空港に作るか、少なくとも対策を立てて欲しい。数字はそこまでいかずとも毎年起こっていることであり、それは悪化の一途をたどっています。何もせずに拡大することは許されないと思います。
2016/11/27
揃いのアルバム
片付けで出てきた、水色とピンクの揃いのアルバム。僕と妹の生まれた時からの写真が整理されていた。当たり前なんだろうけど、二人とも同じように大切に思って育ててくれたんだな。ありがとう。
2016/11/26
最後の片付け
四街道の実家マンションで片付け。両親がためこんだ品物を取り出して整理して捨てる。もう長いこと、これを繰り返してきたんだけど、やっと終わりが見えてきたような。そうだな、これが最後の片付けなんだな。さっぱりして、さみしい。
2016/11/02
祝日前日
明日は文化の日。祝日前日は気持ちが楽ですね。1週間が短く感じます。それにしても、神様が世界を作って7日目に休んだのは残念。6日目に休んでくれれば、1週6日で楽だったのにな。
2016/10/17
めずらしい名前
僕の名字「時崎」は、めずらしいので、いいこともあるけれど、困ることも。電話では、まず1回ではわかってもらえなくて、説明が必要。時間の時に、山崎さんの崎です、とか。一番困るのは、名前を呼ばれると特定されること。家の近くの、ほっともっとにネット注文して取りに行くと、あ、のり弁ご注文の時崎様ですねー、と待ち客全員に印象づけているかのごとく言われてしまいます。厨房の作り手にも、のり弁の時崎様ご来店でーす。もう、ええて。
2016/09/10
札幌は大丈夫です
北海道は、大雨で大変ですね、とよく心配していただきます。ありがたいことに札幌は僕の範囲では問題ないので、大丈夫です。北海道は広いので、もっと細かい警報の発表や報道があれば、と思います。台風が来るので、北海道は警戒してください、っていうのは広すぎるんですよね。もちろん警戒は大事ですが。
2016/08/15
300万人
終戦の日。第2次世界大戦で亡くなった日本の人は300万人ほどにもなることを知りました。想像もできない数の人々。お一人お一人が、平和を願っていたのだと思います。父も母も、お前は戦争がない時に生まれて幸せだよ、とよく言っていました。そんなに昔のことじゃないんですよね。
2016/07/11
投函
昨日、Logic Pro でコーラスをミックスして、一応の完成。CD に焼いて投函しました。どうなるかは、わからなくても、フィニッシュした(どうでもいいかもしれない)達成感はあります。ポストに入れる瞬間は、昔も今も、緊張した、いい気持ちです。
2016/06/27
6月の札幌
晴天で気持ちのいい日。昔の札幌はもっと6月が素晴らしかったような気がします。最近は梅雨が影響するようになって残念。花粉もたぶん終わって、外で活動できるようになりました。そろそろジョギングも再開したいです。いつまで休んでるんだ。
2016/06/06
大学病院の床屋さん
出張などが続いて、久しぶりにいつもの床屋さんに。大学病院の中に移ってから2回目。父親の時に、大学病院はずいぶんと行ったので、別なところではあるものの、懐かしいというか不思議な気持ちがします。患者さんがいて、お見舞いの人が話していて、売店があって。たいへんな時間を過ごされているのでしょうから、申し訳ない気持ち。改めて健康の大切さを感じます。
2016/04/23
研究室訪問
神戸で英語学会の国際春季フォーラム。学会が始まる前に HZ さんの研究室を訪ねました。同僚の先生にお話しを伺いながら案内していただいて到着。名札を見てノック。もちろん返事はありません。ノブを回しても鍵がかかっていて。もっと早く尋ねておけば良かった。もっと話をしたかった。ずっと続いていくはずだったのに。事故さえなければ。悔しい。
2016/04/19
ありがとう週刊将棋
気の重い週明けの楽しみは、宅配の週刊将棋。だったのに、3月で休刊になってしまって、あ、来ないんだったなと思う瞬間が寂しいです。棋士の方々が精進して研究している様子が僕にも励みになっていましたから。大学院時代に読み始めなかったら、ここまで僕も続けてこられたかどうか疑わしいです。どうもありがとうございました。
2016/04/17
湯布院
湯布院にも行ったことがあります。山を越えて、のどかな温泉につかって、いいところだなあと思ったことをよく覚えています。こちらも地震で大きな被害を受けているとのこと。悲しく思います。また、ゆっくりと訪れてみたいと思っていましたから。いつかまた。
2016/04/16
2016/04/14
2016/04/12
彼のくれた言葉
「時崎さんは、確か僕と10歳違うはずだから。」あ、そんなに若いんだ。気にかけてくれてうれしい。
「ロンドン大学の院生もアイデアを使って発表してましたよ、絶対、海外で本を出すべきだ。」そんなこと言ってくれるの、あなただけだよ。
「時崎さんも、応募したらいいですよ。」うん、教えてくれたおかげでボストンに1年行けたよ。
最近、朝に夜に彼のくれた言葉を思い出します。もう、その続きを聞くことができないなんて、信じられない。それでも、先日、事故の様子を聞いて、それが現実だと改めて気づき、新学期の明るい大学の研究室で大泣きしてしまいました。
2016/03/27
友人
遠くの友人が事故で逝去されたと聞きました。そんなことがあるんだろうか。研究や留学や音楽、いろいろなことを日本で、外国で、深く話してきました。本当に彼がいない世界になってしまったのだろうか。
2016/03/20
2016/03/11
財布が替わっても
暗い暗い夜から5年。その4月に気持ちを明るく持とうと買ったサイケな財布もだいぶ傷んだので、新しい(やっぱりカラフルな)ものに買い替えました。それだけの年月が経って、まだ苦しんでいる方々がたくさんいらっしゃいます。亡くなられた方々を思うと、僕の中にも悲しみが広がり、たまらない気持ちになります。僕なりの行動を、せめてもの募金をと思います。もっと募金箱が復活してほしい。財布が替わっても、心は変わりません。
2016/03/06
気分は早期退職
日曜だけど、入試のB日程で出勤、研究室移動のため片付け。整理をしていると、気分は早期退職。いや、そのくらいのつもりで片付けちゃった方がいいんだ。きっと。研究は続けるけど。
2016/03/03
引き出しの中
研究室の机。引き出しの中には、書類がいっぱい。ため込んでいるのが悪いんだけれど、引っ越しなので整理。ここで働き始めてから20年以上の書類などが地層のように積み重なっています。名簿や古い写真も出てきて、懐かしかったり、思い出したり。
いやいや、心機一転のつもりで片付けないと。転がる石に苔は生えない。いい意味でとらえて。
2016/02/05
試験前の消しゴム
入試の監督。試験前の指示は、たいてい早く終わっちゃうので、開始まで3分くらいは、みんな静かにじっとしています。受験生だったときは、この時間が何とも言えず嫌だったので、いつも汚れた消しゴムを机でこすってきれいにしていました。精神集中というわけでもないですが、暇つぶしに。でも監督から見たら、コチョコチョやっていて怪しかったかもしれませんね。
2016/01/16
無理な試験
センター試験。どこかの大学で、10秒照明が消えて再試験になったとか。理解できないです。アメリカだったら、そもそもこんな秒刻みで全国一斉になんて無理だよなあ。あ、まず時差があるし。フランスはバカロレアっていう論述試験でしたよね。ガラパゴス、日本。
2015/12/31
2015年のまとめ
毎日に区切りなんてないんだけど、それでも、この1年ということで振り返るのも意味があるように思います。2015年は、3月に ad hoc 30周年ライヴを開いて、8月に北海道マラソンで 11.5 km を走って、音楽配信販売を始めたのが、特筆すべきことでした。学会発表は5月にバイヨンヌに行って、ワークショップを8月に札幌で開きました。集中講義も初めてでしたが、東北大、北大、大阪大でしました。論文もいくつか書いて、2つは来年以降の出版になりそうです。プライベートで、5月に沖縄、9月に小海線に行けたのも面白かったです。
年を取ると1年が早い、とよく言いますが、それをひっくり返すくらい、いろいろなことがある方が楽しいかなと思います。ありがとう 2015 年。
ホームページを更新しました。今年は、2月に東大でワークショップをして、その後は、ずっと一人ロックダウン。それでも録画で5月に Speech Prosody(ホストは東大)、オンラインで6月にチュートリアルと講演会(東北大学)、ウェブサイトで12月に英文学会北海道支部のセミナーと活動することができました。
https://sites.google.com/site/hisaotokizaki/home/presentations
論文も6つ公刊できたので、よかったです。(でも、来年の予定がちょっと。)
https://sites.google.com/site/hisaotokizaki/home/publications-1
音楽は、HH さんの詩に作曲した子どもの歌が4つ(うち1つは来年公開予定)、「あなたとの約束」という曲も NK さんの力を借りて完成できました(これについては、ここにまだ書いていないので、また別の機会に)。応募した、初の(子ども向け)ロックンロールはボツで残念だったな(これはまた歌詞を変えて公開したいです)。ウクレレは、「ル・ローヌ」を録画して公開したんでした。ともかく今年は、尊敬する作詞家・作曲家が亡くなられた年でした。
https://sites.google.com/site/hisaotokizaki/music